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積善の家に余慶あり 〜セイスケ編 その1〜

更新日:2021年12月14日

自慢じゃないが、いや、自慢だ!正に我が小林家は、積善の家に余慶あり!だ。

この丹波の片田舎で生きた先祖達に光を当て、面白おかしく語ってくれる母が来年で卒寿を迎える。子孫である和多志がこの大河ドラマ以上の物語を書き残さずに死んだら、バチがあたるよ〜。

我が母の頭脳は、スーパーコンピューター富嶽以上。その時の先祖の心の有り様まで、リアルに語ってくれる。

話全てが面白くて、口伝で全て伝えてくれる母の存在が有り難く、勿体無い。この大原で巻き起こった面白い人間ドラマを後世に伝えなければならぬ。誰がやる?和多志でしょ。

決して、文章は上手くないが、文を書くことは好きだ!やるしかないでしょ!

と言うことで、家系図なる物を書いてみた。しかし、ご先祖様一人一人に纏わる為人、出来事を話してくれるから、もう、初めから面白くてグチャグチャのてんやわんや(笑)。

特に衝撃的だった 「セイスケ」について描いてみたい。

セイスケは我が家小林家初代金助(私のひいひい爺さん)の弟だ。

小林家本家には息子が4人。4人が4人ともバラバラの個性の持ち主で特にセイスケが強烈!

  1. 長男 モスケ・・・博打大好き。飲み屋や旅館、次々商売をやるが失敗ばかり

  2. 次男 金助・・・私のひい曾祖父さん 上川合集落へ養子結婚するが、元嫁が男を連れ込んでの夜這い三昧。流石に嫌氣がさし大原の小林家に出戻り。その後、おとみさん(ひい曾祖母さん)と再婚し、小林家分家初代を築く。

  3. 三男 セイスケ・・・遊び人 粋なプレイボーイ。歌、踊り、芝居 芸事させれば一流で人々を魅了する。頭も良く、口も上手く、男前の極み。

  4. 四男 藤右衛門・・・3人の兄がこんな感じだから、一番穏やかで優しい末っ子が小林家本家を継ぐ

11/27 やえのちゃんが亡くなった。令和3年明けて正月1日に倒れて、意識不明のまま眠り続けて11ヶ月。セイスケの曾孫に当たるやえのチャン。大きな荷物を背負って、冷たい向かい風を一身に受けて、笑顔の奥で大粒の涙を流して耐え、同じ思いをしている人を受け入れ支えになろうとする心大きな人でした。ご冥福をお祈りします。

さてさて、刻は遡り明治の時代、遊び人セイスケは、やえのちゃんの曾祖母さんと養子結婚する。明治の始め、やえのちゃんの家は豊かな家で財産も多く大変なお金持ちだった。セイスケは逆玉の輿にのって大いに遊んだ。派手な遊びに財産は次々使われる。金助の長男石松(私の曾祖父さん)は、伯父であるセイスケに禿山を高い値段で売付けられて買わされた。近所の人たちは「アホやなぁ〜石松さん、あんな価値ない山を買わされて〜」と噂されていたらしい。そんなこんなでセイスケは養子に入った家の財産を全て売り捌き、大阪の女と暮らすために家を出て行った。家財道具も全て売り払われたもぬけの殻の家に残ったものは、幼い息子と娘とこれからどうして生活をしてゆこうか?と立ちすくむやえのちゃん先祖家族だった。

これ、現在だと詐欺罪で刑事告訴できるのでは???身内だとどうなんだろう?

しかし、人として、ひどすぎるセイスケ!許せない!容赦しない!できない(怒)。

その後、セイスケは、大阪の女との間に3人の子供をもうけた。ところがバチは当たるもんだ。大阪の女が男を作って子供3人とセイスケ置いて出ていった! ざまあ見ろ!

と思ったが、3人の幼い子供達を抱えて生きるなんて事は自由すぎる遊び人セイスケの選択肢には、なかった。なんと3人の子供を桶屋に売ったのだ。ひどすぎないか?セイスケ!!!!子供を売るってひどすぎないかぁーーーーあ!!!!!

ありえない蛮行に落ち着きを失ってしまう。。。しかし、

「赤い靴履いてた女の子♩異人さんに連れられて行っちゃった。」という歌は明治の歌。これ人身売買よね。。。富国強兵、文明開化と西洋に憧れ、追いつこうとした表向き立派な明治史の裏の大部分は、カオスだったのではないだろうか?

そして、セイスケは、大原に帰って来たのである。普通帰れないだろう!置き去りにして財産全て奪った元奥さん家族が住んでいる大原だよ。村中、悪行知れ渡っているよ。帰らないでしょう。普通。でも、セイスケ帰って来ちゃったよ~。どんな神経???これまた有り得ない。実家はセイスケを受け入れなかった。実家の判断は、常識的で当たり前の対応。

で、それで、セイスケ、長男モスケの家の側に小屋を立てて暮らし始める。大原神社の近くだ。あかん、理解不能。大原集落内やんか!普通居た堪れないやろ!小さな村だよ。死ぬまで居たよ。大原に。私の普通の範囲を軽く超える あかん過ぎるセイスケ。

ところが、私の普通の範囲を軽く超える良い人たち過ぎる家族がいた。

それがやえのちゃんの家なのだ!財産全てなくなったけど、絶対取られない財産をセイスケは残してくれた!とセイスケを許しちゃうのだ。その財産とは、セイスケの頭の良さ、器用さ、美しさ、芸能センス、人も羨む持って生まれた素質を息子と娘に繋いだのだ。やえのちゃんの代まで子孫たちに与えられた誰も奪うことが出来ない優れた素質という財産(薄情以外)。仏か?超ポジティブ思考?いやいや能天気?有り得ない大らかさ?これまた私の理解の範囲を軽く超える。

加害者と被害者、二極化し、普通交わる事は無い。が、桶屋に売られた大阪の女との間に生まれた3人の子供達が成長して父親セイスケが住んでいる大原に遊びにやってくるようになった。一男二女、踊らせたらピカいちの芸者だ。華やかな三人兄弟たちが大原滞在中に泊まる家は、なんとやえのちゃんの家。財産全て奪った憎っくきセイスケと大阪の女の間に生まれた子供達を受け入れる????かぁ? 我が曾祖父さん石松も従兄弟に当たる3人兄弟に、「申し訳なさ過ぎるから、うちに泊まれ」と言ったらしいが、3人兄弟たちは、居心地がいいのか?いつも大原に来る時はやえのちゃんの家に泊まる。悪いのはセイスケであって、子供にはなんの罪もない。だからか異母兄弟を受け入れる?もし、そうだとしたら、その大らかさには、頭が一生上がらない。

視点を変えて考えてみる。3人兄弟は、母親に最初に捨てられた。母の愛情が一番欲しい幼い頃に。そして唯一の肉親父親セイスケに見放され身売りされる。どれほどの悲しみと不安の中で幼き時を生きた事だろうか?芸は身を助ける。幼い3人兄弟は、丁稚奉公し、必死で芸を磨き、お金を稼ぎ、大きくなったら、同じように父親に見放されたお兄さん、お姉さんに会いに京都の大原村に行きたい!と願ったのだろう。血を分けたお兄さん、お姉さんがいると思うだけで、生きる力になったのでは、ないだろうか。そして念願叶って異母兄弟は会うことが出来たのだ。大原のお兄さん、お姉さんも、心無い言葉に傷つき、苦労と不安の中で成長したのだろう。人の心の痛みが分かる優しい人間になっていた。そしてそこで3人兄弟は、血は繋がっていないけど、母親の大きな暖かさに包まれたのかもしれない。母親とはやえのちゃんの曾祖母さんだ。お門違いかもしれないが、常に母の愛を求めていた3人兄弟は、母親の愛だけでなく、お爺さん、お婆さん、みんなから受け入れられ、家族にしてもらえたのだ。こんな嬉しい事はなかったのではないか?自分を受け入れてくれる家族がある。自分を受け入れてくれる母がいる。どんなに心が安らいだだろうか?3人兄弟にとって生まれて初めての心癒された時だったのではないか?幼い頃から大人に騙され、使われ、傷つかないように心を固くして、用心深く、生きて来たに違いない。

 やえのちゃん宅に線香を上げさせてもらいに行った。色んな人を分け隔てなく受け入れたやえのちゃん。血縁に縛られず、来る人みんな癒した、やえのちゃんの家も 積善の家に余慶あり!!!。

そして仏間には歴代の当主の写真が飾ってあった。まさかセイスケは、無いだろう!と思っていたが、あった。有り得ないが、有った。 どんだけ、大きな心の持ち主なの???!!!

圧倒的な善に悪魔セイスケへの怒りが泡となって溶けた。

人類みんな大きな大きな家族なんだ。唯物論者、現実主義者、合理主義者、優生思想が幅を利かせてきた明治以降の現代日本。もう行き詰まりが見える。

もうそろそろだね。隠された本当に大事なモノが、本当に大切なんだ!と氣付く&目覚める時だね。

全てにありがとう!

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