• 洋子

大日月地神示【後巻】七十一

 覗き見いたす者、こそこそするでないぞ。悪しき心あるからであるぞ。頭下げられん心に慢心あるのじゃ。悪く申す己が一番苦しみの元ぞ。ありがたいと素直に言葉いたす者、心美しいのじゃぞ。素直に喜び表せる人になりなされよ。いつまでも隠れてばかりでは、まこと喜びとはならんぞ。真の友を作りなされ。心許せる親しきお人、育みなされよ。喜びとは他と共にあるのぞ。己、和すことできれば喜び広がりますぞ。和は無限でありますのぞ。人と和しなされ。獣、草木、虫、山のもの川のもの海のもの、皆々愛しいとなりますぞ。友に囲まれ、友と共に喜びに染めなされ。うれしうれしたのしたのしありがたいありがたいと、声出して笑うて歩みなされよ。金、金、金ではないのぞ。魔の声ぞ。金、魔が造りたもの、人民の心縛る為にあるのじゃ。

 真の幸せとは、慈しみ合う心育んだところにあるのじゃぞ。他と和すこと出来ねば、真の幸せとはならん。他と和すためには、他のことよく知らねばならんなぁ。知るためには、自ら相手に近づいて笑うて話聞かねばならんのぞ。聞く耳持たねば聞けんのう。心の耳すまして相手の心の声聞かねば仲良くなれんぞ。笑顔、笑顔じゃ。笑顔で心の声聞けるお人となりなされよ。幸せになれますぞ。

 表に出てみなされ。引き籠りてばかりでは、幸せになれんぞ。外は友で溢れておりますぞ。心の扉を開きて心の外に出てみなされよ。恐れんで良いぞ。そなたに縁ある良き人たちが待っておりますぞ。まだかまだかと待ち侘びておりますのじゃ。恋もなされ。人を好きになりなされ。人を求めなされ。独りで良いと申すは、思い込みにしがみついておるのじゃぞ。独りは寂しいだけであるから、独りに慣れようとせんで良いぞ。

 他、悪く申して、ねたみひがみ憂うでないぞ。皆々、己の取り違いから始まっておるではないか。被害妄想の中で孤独な主役を演じておりても、誰も喜んで観てはくれんぞ。観て喜ぶは、魔の者たちだけであるぞ。魔の者ら喜ばす生き方、真の生き方ではないから、早う真の喜びに生きて下されよ。まずは求めよ。私は寂しいと声に出してみなされ。友が欲しい、愛し合えるお人が欲しいと心の声を出してみなされ。必ず縁ある人に届けられますぞ。守護靈殿らは、ずっとその時を待ち侘びながら見守っておりますのじゃぞ。

 かわるかわるかわるどんどんかわる。うれしうれしたのしたのしじゃなぁ。

 そなた、苦しんだ分、ちゃんと喜び与えられますぞ。いよいよこれからじゃなぁ。

天晴れ天晴れじゃぞ。

二◯一七年十二月十五日 大日月地大神御靈 共にある。

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